今の職場の上司の方は、ご実家が農家なのだそう。

 年齢は私よりも少し下で、ご実家はかなり規模の大きな農家らしい。

 この先どうなるのかを考えると、とても不安だと私に話してくれた。

 何を隠そう、私の妻の母方の実家も代々続く地域を代表するレベルの農家である。

 息子、娘、娘、と三人子供がいるけれど、息子は農家を継がずにサラリーマンとなり、全国各地を転勤するような生活を送っていて、それは今も続いている。今のままで行くなら、農家は親の代で終わってしまう。

 同じような状況は、全国各地にあると思う。私はかつて30歳までは都会に住んでいて、このような田舎の生活に憧れて来た。軽井沢でペンションを経営するとか、千葉で花を作るとか、北海道で牛と暮らすとか、気仙沼でまぐろ漁船に乗るとか、いろいろと考えた末、田舎暮らしの本の中にあった屋久島パインの綴じ込みハガキがきっかけとなり、屋久島で漁師をすることになった。

 その後は、取材された雑誌の記事と飼っていたねこがきっかけで知り合った、今の妻の実家の宮城県で暮らしはじめ今に至る。2000年に来たので、もう26年にもなる。

 同僚の農家のような方々は、田舎暮らし希望の私のような者を迎え入れればいいんじゃないか、そのような田舎と都会の人を引き合わせることがもしかすると仕事になるんじゃないか、などと、漠然とではあるけれど私は長い間思ってきた。でも、途中からこの考えは変わってきたような気がする。

 やっぱり人間は、生まれ育った場所、土地の「何か」を、死ぬまで捨てきれずに生きている感じがする。

 上司の地域でもまだまだ人間関係は濃厚で、しょっちゅう葬祭などがあるという。誰なのかもわからない事も多いと言う。私は先日、妻の親である義父の葬儀の喪主をしたが、最近時代と共にニーズの増えてきた簡易な葬儀と、おまけに墓じまいまでを行ってしまった。これは私たち夫婦の意向ではあったものの、様々なしがらみを乗り越えて何とか強引に実行してしまった感じ。妻も私も、親戚や墓に対して大きなストレスを抱えての仕事だった。都会化が進んでいる事もあり、なんとかやり遂げることができたが、これが田舎ではこうは行かないだろう。

 高齢化や人口減少に抗う事は難しそうだ。

 私が屋久島に行こうと考えていた時からこのような事は言われていたが、実際にこうなってみると、状況は思った以上に進んでいるような気がする。

 また、勤勉で何事にも真面目で一生懸命な日本人の給料が、ここ30年以上もの間上がっておらず、むしろ下がりかけているなど、理解できないおかしな状況も散見されている。

 何か私たちの気が付けない所で、何らかの表に出すことのできない政策、難しい事柄が行われているんじゃないかなどと勘ぐってしまう。

 とにかく少しずつでも給料が上がっていけば、少しは違うのではないかなと、素人ながらには思っている。

 これはあくまでも個人的な意見だけれど、政府はきちんと国の資産を国民に説明して、月に5万でも6万でもベーシックインカムを発動すれば変わってくるのではないかと思っている。

 みんな騙されているが、日本には、これに耐えうる資産が十分にある。